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広島家庭裁判所三次支部 昭和32年(家ロ)1号 判決

原告 (反訴被告)藤山栄三(仮名)

被告 (反訴原告)藤山ヨシ(仮名)

主文

被告から原告に対する広島家庭裁判所三次支部昭和二十五年家(イ)第一三号別居並に扶養料請求調停事件の調停調書の執行力ある正本に基く昭和二十五年六月分から同年十月分まで及び昭和二十九年一月分から昭和三十一年九月分までの扶養料請求債権の強制執行はこれを許さない。

原告その余の請求はこれを棄却する。

反訴の訴を却下する。

訴訟費用は本訴につき生じた分は原告の負担とし、反訴につき生じた分は、反訴原告の負担とする。

本訴につき昭和三十二年九月二十五日当裁判所がなした強制執行停止決定はこれを取消す。

前項に限り仮に執行することが出来る。

事実

原告(反訴被告、以下原告と称す)訴訟代理人は本訴につき、被告(反訴原告、以下被告と称す)から原告に対する広島家庭裁判所三次支部昭和二十五年家(イ)第一三号別居並に扶養料請求調停事件の調停調書の執行力ある正本に基く昭和二十五年六月分から昭和三十二年八月分までの扶養料請求債権につき強制執行を許さない、訴訟費用は被告の負担とすとの判決を求める旨申立て、反訴につき主文第三項と同旨の判決を求め、本訴の請求原因として、原被告は大正六年九月十八日婚姻したものであるが、昭和二十三年八月頃から別居生活をし、昭和二十四年十二月には被告は原告を相手取り広島家庭裁判所三次支部に離婚並に財産分与請求の調停を申立てたことあり、その後昭和二十五年別居並に扶養料請求の調停を申立て、同庁昭和二十五年家(イ)第一三号事件として受理され、同年六月十九日原告は被告に対し昭和二十五年六月以降生活費として毎月二十五日限り金六千円宛を支払う旨の調停が成立した。被告は右調停調書の執行力ある正本に基き、昭和三十二年八月二十六日原告に対し昭和二十五年十一月分以降昭和二十八年十二月分までの三十八ヶ月分の扶養料二十二万八千円及び昭和三十一年十月分以降昭和三十二年八月分までの十一ヶ月分の扶養料六万六千円以上合計金二十九万四千円の債権ありとして有体動産の差押をした。しかしながら右債務名義に基く昭和二十五年六月分から同年十月分までの合計金三万円及び昭和二十九年一月分から昭和三十一年九月分までの合計金十九万八千円以上合計金二十二万八千円の扶養料は現実に支払をし、昭和二十五年十一月分から昭和二十八年十二月分までの三十八ヶ月分金二十二万八千円の扶養料については、被告は昭和三十年四月一日その請求権を放棄し、昭和三十一年十月分から昭和三十二年八月分までの十一ヶ月分金六万六千円の扶養料については、被告が原告所有の広島県高田郡○○町大字○○○○山及び同町大字○○○○○山林立木を原告に無断で売却処分したため、右被告の不法行為により原告の被つた損害金三十五万円の損害賠償債権及び原告が被告に対し、昭和二十六年度から昭和二十九年度に農耕費名義で交付した金三万円は不要であつたため、被告はこれを不当に利得しているのでその返還請求権を有するから、原告は本件訴状で右被告に対する三十八万円の債権と対等額で相殺の意思表示をしたから消滅したものである。よつて原告は被告に対し原被告間の広島家庭裁判所三次支部昭和二十五年家(イ)第一三号別居並に扶養料請求調停事件の調停調書の執行力ある正本に基く昭和二十五年六月分から昭和三十二年八月分までの扶養料請求債権の執行力の排除を求めるため本訴に及んだと陳述し、被告の抗弁並に主張事実を否認し、反訴の答弁として反訴の訴は不適法である又その主張事実中原告が本訴においての主張に反する部分はすべて否認すと述べ

立証として本訴及び反訴につき甲第一号証乃至同第十九号証を提出し、証人山田乙女同古川忠三同藤山光郎同藤山フミの各証言、原告本人藤山栄三の尋問の結果を援用し乙第一号証は原本の存在並にその成立を認め、同第二号証同第三号証の一、二を否認し、同第四号証の各号は不知と述べた。

本訴被告訴訟代理人(本訴の事実審理終了と同時に辞任)は本訴につき、反訴原告本人は、反訴の請求趣旨として原告の請求を棄却す、訴訟費用は原告の負担とすとの判決を求め、被告訴訟代理人は本訴についての答弁として、反訴原告本人は反訴の請求原因として、原告主張の請求原因事実中原被告が大正六年九月○○日婚姻し、昭和二十三年八月頃から別居生活していること、被告は原告を相手方として広島家庭裁判所三次支部に昭和二十四年十二月離婚並に財産分与請求の調停申立をし、その後更に昭和二十五年別居並に扶養料請求の調停申立をし同庁昭和二十五年家(イ)第一三号事件として受理され、同年六月十九日原告主張のような調停が成立したこと、被告は原告に対しその主張の日、その主張のように金二十九万四千円の扶養料債権の支払を求めるため有体動産の差押をしたこと、右調停調書に基く扶養料中昭和二十五年六月分から同年十月分まで並に昭和二十九年一月分から昭和三十一年九月分までの分は支払済であること、原告主張の原告所有山林立木を被告が売却したこと及び原告から原告主張通りの農耕費三万円を受領したことはいづれもこれを認める。原告は本件調停調書に基く昭和二十五年十一月分から昭和二十八年十二月分までの扶養料二十二万八千円は昭和三十年四月一日被告において放棄したと主張するも、被告は当時肝臓病と不安神経症のため病臥中であり、長期間原告からの扶養料の支払なく、他に何等収入の途なく、療養費生計費に窮していた際、原告は被告を訪れ五万四千円の札束を示し昭和二十五年十一月分から昭和二十八年十二月分までの延滞扶養料三十八ヶ月分金二十二万八千円の請求を放棄すればこれを渡すが、若し放棄せねばこれを渡さぬばかりか今後の生活費(扶養料の意)も打切る旨申向け恐喝的要求をしたので、被告は餓死寸前の困窮状態にあり、生ぬくために表面は原告の要求を容れ目前の金五万四千円を受領したが、内心は原告が放棄を要求する二十二万八千円の扶養料は調停調書により確定された被告の権利であり動かすことは出来ないものと考へ、兎も角眼前の五万四千円を受取り生ぬくより他に途なしとし原告の要求する書面(甲第二号証)を交付したもので、原告主張のような扶養料放棄の真意はなかつたものである。そして原告は被告の前記困窮状態をよく知り、被告が真意で放棄するものでないことは十分認識していたものである、少くともこれを知り得べかりし状態にあつたものであるから右放棄の意思表示は無効である。又被告は原告主張のように原告所有山林の立木を売却したが、これは原告が昭和二十三年八月十六日家出する際、大正六年九月○○日結婚以来永年苦楽を共にした妻である被告と別れ、自己の我儘により妾と同棲することから惻いんの情止みがたく、被告に対し被告が生活上必要なる限度で原告の財産を処分する権限を与へたものであり、不法行為に当らない。又その売却代金は四万二千円で内二万千九百円は療養費、看護費として支払つたもので、それは被告が病臥中何等の収入源なきに原告の長期に亘り故意に義務ある扶養料の支払をしない不法行為により、被告は療養費生活費を得る途なきため生命保持上已むを得ざるに出でた正当防衛行為であるから被告に不法行為の責なく、残金一万六千七百八十四円は原告の負担すべき家屋修理費等に支出したもので、正当な管理行為によるもので違法性がないから不法行為の責がない、右いづれの点よりするも被告は原告に対し不法行為による損害賠償義務はない。更に原告主張の農耕費三万円は原告の負担たるべきもので、被告はその目的に費消したものであるから被告に不当利得の返還義務はない。以上の理由により原告の相殺の主張は失当であると述べ、右被告の主張に反する原告の主張はすべて否認すと述べ

被告訴訟代理人は立証として乙第一、二号証同第三号証の一、二同第四号証の一乃至八を提出し、証人大沢令子同中野トシ子同秋元清同坂上誠同小山トヨ同中井吾郎の各証言、被告本人藤山ヨシの尋問の結果を援用し、甲第一号証を否認し爾余の甲号各証の成立を認めた。

理由

原告(反訴被告、以下原告と称す)と被告(反訴原告、以下被告と称す)が大正六年九月○○日婚姻し、昭和二十三年八月頃から別居生活に入り、被告は原告を相手方として昭和二十五年広島家庭裁判所三次支部に別居並に扶養料請求の調停申立をし、同庁昭和二十五年家(イ)第一三号事件として受理せられ、昭和二十五年六月十九日原告は被告に対し昭和二十五年六月以降毎月二十五日限り生活費六千円宛を支払う旨の調停が成立したこと、被告が昭和三十二年八月二十六日右調停調書の執行力ある正本に基く昭和二十五年十一月分から昭和二十八年十二月分までの三十八ヶ月分の扶養料金二十二万八千円及び昭和三十一年十月分から昭和三十二年八月分までの十一ヶ月分の扶養料金六万六千円以上合計金二十九万四千円の債権のため原告所有の有体動産の差押をしたことは当事者間に争がない。原告は右請求にかかる債権中昭和二十五年十一月分から昭和二十八年十二月分までの三十八ヶ月分の扶養料金二十二万八千円は、被告において請求権を放棄したと主張し、被告は右放棄の意思表示は心裡留保であつて、相手方である原告もその真意を知り、少くとも知ることが出来たものであるから無効であると抗争するので検討するに、証人中野トシ子同小山トヨ同大沢令子同坂上誠同藤山フミの各証言及び弁論の全趣旨を綜合すれば、当事者間に争なき原告と被告が昭和二十三年八月頃から別居生活をするに至つた動機は、原告と被告は互に強い性格の持主で、その上原告は女性関係で度々被告の感情を害し兎角円満を欠き、原告は右別居の頃から訴外竹山スズ子と同棲し被告の許を去り今日に至つたことが認められ、成立に争なき甲第十八号証によれば、被告は原告を相手方として昭和二十四年十二月広島家庭裁判所三次支部に離婚並に財産分与の調停申立をし、同月二十七日原被告は将来夫婦同居の生活を維持し、円満に相協力する旨の調停が成立したが、原告は依然として被告の許に復帰せず、ために被告は再び昭和二十五年に原告を相手方として同裁判所に別居並に扶養料請求の調停申立をし、当事者間に争なき同年六月十九日原告は被告に対し昭和二十五年六月以降毎月二十五日限り生活費として金六千円宛を支払う旨の調停が成立したことが認められ、成立に争なき甲第二号証同第三号証同第六号証に、証人中野トシ子同小山トヨ同大沢令子同坂上誠同秋元清の各証言及び原告本人(一部)被告本人の各洪述を綜合すれば、原告は被告と別居以来殆んど没交渉の生活をし、前記調停で定められた生活費も当初昭和二十五年六月分から同年十月分までは支払つたが昭和二十五年十一月分から昭和二十八年十二月分までの三十八ヶ月分は一回の支払もなさず被告は昭和二十五年八月頃原告の扶養料の支払が滞り勝であり、それだけでは生活維持が出来ないため、予て経験のある材木商を思いたつて準備し、昭和二十六年一月から昭和二十八年暮頃まで材木商を営み、生活を維持したが、昭和二十九年二月末頃から胆のう症と不安神経症にかかり、昭和二十九年中は病床に臥し、昭和三十年に入り漸く身辺の用を弁ずる程度になつたが、同年四月頃は尚病床にあつたこと、被告は他に収入の途なく療養費、生活費に窮し、知人や親せきに懇願した借入金によりその日を過して来たこと、原告はその間被告を顧みなかつたが、昭和三十年四月一日突然被告の許を訪れ、被告の枕頭で、今まで滞つている生活費の中五万四千円をやるから二十二万円は棒引にし、この通りの書面を書けと申向け、予め便箋に認めていた原稿を示し、被告がこれを拒むや書かねば五万四千円もやらぬし今後の分も支払はないがそれでもよいか、金を持つて帰ると申向け立上らんとしたので、被告は病弱と金に窮している上、今後の生活療養のことを案じ、一応家庭裁判所に相談しないと書けないとか、印を弟に預けているから書けないと拒んだが、原告は拇印でよいと要求するので、被告は目前の生活費や病気療養費を得て窮境を脱せんためと、今後の生活費を支払はねば益々その窮状を増進させられるとの畏怖の念から、仮令原告の要求する書面を認めても一旦調停で定められた権利は失うことはないものと考へ、原告の要求する文案により「昭和二十五年十一月より昭和二十八年十二月末日迄三十八ヶ月分(壱ヶ月分扶養料金六千円)は今回貴殿と申合せの上今後更に請求致しません。後日の為め証一札相渡し置きます。」旨の原告宛証と題する書面を認め署名拇印し、原告に交付し、同時に原告から昭和二十九年一月分から同年六月分まで及び同年十月分から同年十二月分までの九ヶ月分の扶養料として金五万四千円を受領したことを認められる。原告本人の供述によりては以上認定を左右するに足らず他にこれを覆すに足る証拠がない。以上認定の事情によれば、被告は当時生活費、療養費に困窮し他に収入資源がなく、その放棄した扶養料金額は被告の生活状態の下では到底これを受諾し得ない過大な金額であること、原告の被告に対する従来の仕打ちから互に感情が尖鋭化していたこと、原告は被告の窮状を十分知り、その弱点を利用し、被告に対し原告の要求する書面を認めねば未払の一切の扶養料を支払はぬばかりか将来の扶養料も支払はぬ旨申向けて、被告の窮状を増進させることをほのめかし、被告を畏怖させ、被告もこれを怖れて原告要求通りの書面を認めたこと、被告は裁判所の関与した調停調書に定められた権利は絶対失われないと信じていたことが推認されるから、被告の意中は、窮余の策として目前の金員入手の方便として原告要求の書面を認めたが、扶養料請求権を放棄する真意なく原告も被告の右放棄の意思表示が真意に出たものでないことを知つていたものと言わねばならない。さすれば被告が原告に対する本件扶養料二十二万八千円放棄の意思表示は無効である。

次に原告は被告に対し被告が不法に原告所有山林の立木を無断で売却したことによる損害金三十五万円の損害賠償請求債権ありと主張し、被告はその義務あることを争うので検討するに、被告が原告主張の山林立木を無断で他に売却したことは当事者間に争なく、証人古川忠三の証言により真正に成立したものと認める乙第三号証の一、二に証人古川忠三の証言、被告本人の供述及び弁論の全趣旨を綜合すれば、被告が昭和三十一年四月十五日売却した原告所有の広島県高田郡○○町大字○○○○○百七十二番地の一の山林松立木は代金三万円であり、同年九月五日売却した原告所有の同町大字○○○○○の松立木は代金一万二千円で、当時の時価としては、いずれも相当価格であることが認められ、原告本人の供述によりては右認定を左右するに足らず、他に右認定を覆するに足る証拠がない。そして弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第四号証の四、同号証の七、八に、原告本人(一部)被告本人の各供述を綜合すれば、被告は原告から現在居住の原告所有家屋に簡易水道を敷設することの承諾を得ていたが、その設置した費用金一万三千三百九十一円の支払を原告において拒んだので已むなく被告が支払つたことが認められ、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第四号証の二同号証の五、六に、被告本人の供述を綜合すれば原告は被告居住の前記家屋の修理費六千八十円、給水設備修理費千四円合計七千八十四円の支払を拒んだので被告がこれを支払つたことが認められ、成立に争なき甲第十八号証乙第一号証によれば右各費用は原告の負担すべきものであることが認められる。又前記認定のように被告は原告からの毎月の扶養料の支払なく、その生活費、療養費に窮していた事実に、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第四号証の一同号証の三被告本人の供述を綜合すれば、被告は生活費療養費に窮し、前記認定の原告の支払わねばならない水道施設費、家屋修理費捻出の外生活費、療養費の捻出のため、已むを得ず本件原告所有山林の立木を売却し、その支払をなしたことが認められる。そこで、右立木売却行為につき被告に不法行為の責があるか否かにつき考へるに水道施設費及び家屋修理費等については前記認定のように原告に支払義務あるに殊更これを拒んだため、被告は原告の妻として、且つ家屋居住者として債権者に対し、道義上いつまでもその支払を断りかねて苦境にあつたことが推認され、生活費、療養費については、成立に争なき甲第十八号証、乙第一号証によれば、原告が被告に対して支払うべき毎月の生活費六千円は、被告一人の生活費であること及びその金額の点から考慮すれば、そは被告の普通時における生活費であつて長期に亘る病気療養費その他特別事情による生活費は含まれていないものと解され、凡そ夫婦間には、生活保持の扶養義務があり、弁論の全趣旨によれば原告は酒造会社の実権者として不自由なき生活をしていることが認められ、これに反し被告は前認定のように長期間の病気と他に生活資源なき困窮の状態にあつたから、夫たる原告は妻たる被告のため必要なる扶助をなす義務あるにこれを尽さず、その上調停で定められた月六千円の生活費すら完全に履行せざる不法行為により、被告は自己の生命保持上多額の医薬費療養費の債務を負担しその支払の方途すら立たない状態にあつたことが推認され、前記認定のように売却した立木の価格は相当価格であり、その金額はこれ等費用の支弁に必要な限度内であり立木代金はすべて、これ等費用の支払に当てられ、不当に費消されたものでなく、原告の義務の履行のため已むを得ずなしたもので、斯る事情の下では夫たる原告は妻たる被告の本件山林立木の処分を甘受してもあえて不当でなく、条理上責むべきではないから、被告の所為は違法性を欠き、不法行為とならないものと解する。従つて被告に損害賠償義務なきものと言わねばならない。

次に原告は被告に対し、農耕費三万円を交付したが、不要であつたため、被告は不当に利得していると主張し、被告はこれをその目的に従い費消した旨抗争するので検討するに、証人山田乙女の証言原告本人被告本人の各供述に弁論の全趣旨を綜合すれば原告名義の田二反一畝は昭和二十六年度から原告において訴外山田乙女に耕作を依頼し、一ヶ年米三石九斗を原告方に取得し、その余の出来米は右訴外人の所得とし、耕作に要する肥料代は原告方と訴外人と折半負担し、原告方の負担すべき金額は一ヶ年千五百円位であり、田植時収穫時の人夫賃も同様折半負担するものであることが認められる。原告の全立証によるも被告に交付した農耕料三万円が不要であつたことを認めるに足る証拠がなく、却て証人山田乙女の証言被告本人の供述を綜合すれば、被告は前記認定の毎年の肥料代、人夫賃は支払つていることが認められる。さすれば被告が右農耕費を不当利得したりとする原告の主張は認め難く従つて原告の利得償還請求債権の存在は認められない。

そして原告が本件債務名義に基く昭和二十五年六月分から同年十月分までの金三万円及び昭和二十九年一月分から昭和三十一年九月分までの金十九万八千円の扶養料については現実に支払済であることは当事者間に争なきにより右限度において原告の本訴請求は正当であるからこれを認容する。

以上認定により原告の本訴請求中本件債務名義に基く昭和二十五年十一月分から昭和二十八年十二月分までの三十八ヶ月分の金二十二万八千円及び昭和三十一年十月分から昭和三十二年八月分までの十一ヶ月分の金六万六千円の扶養料については、原告が相殺を主張する自働債権の存在を認められず、相殺は無効であるから、右の部分についての債務名義の執行力の排除を求める原告の本訴請求は失当として排斥を免れない。

次に反訴につき按ずるに反訴原告の訴旨は請求の趣旨として本訴原告の請求棄却の判決を求めその請求原因事実として本訴における答弁並に抗弁事実と同一事実を主張するものであるから、反訴としての別異の利益がないから不適法として訴の却下を免れない。

よつて原告の本訴請求中その一部を認容し他はこれを棄却し、反訴の訴を却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条但書、強制執行停止決定の取消及びこれが仮執行の宣言につき同法第五百四十八条を各適用し、主文のように判決する。

(裁判官 伊達俊一)

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